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2020年が明けたと同時に、世界はあっという間に深刻な状況に陥ってしまいました。
2月下旬までは対岸の火事とばかりに、コロナウィルスに対して呑気に構えていたアメリカも一気に深刻な事態に。

我が家はDCが目と鼻の先に位置するメリーランド州在住。
確か3月1週目に我が家のカウンティーで感染者3人が確認され、
3月2週目には人数が少しづつ増えていき、その週末から学校の使用が禁止になり、
3月3週目の16日から休校となりました。

当初は2週間だった休校が、4月27日まで延期、そしてさらに5月15日まで延期となりました。

米Bは在宅勤務になったものの、多忙が続いています。

ジュニアたちのオンライン授業は4月6日から開始。

小3の1号も、幼稚園の2号も、毎日パソコンには向かっています。
でも、オンラインクラスは30分のみ。
あとは課題をこなして提出するだけ。
でも、この課題が1号は紙切れ2、3枚。2号は紙切れ1枚。
ちょっと量が少ないなと思う私です。
親の負担を減らすために少ないのか、これが公立学校で対応できる最大量なのか、
正直なところ分からないけど…。

日本語は日本で購入してきた公文のドリルで対応。
日本語の動画も見放題にさせました。

あーだこーだ言っても、状況が良くなるわけでもなし。
穏便に過ごすことを考えて日々過ごしています。

、言っても、ジュニアたちは一日中ギャーギャー大騒ぎ。
一日中「お腹空いた~~」と連呼。
奇声を発し、喧嘩も絶えず、いたずらも止まらず…。
親は心中穏やかではありません…。

ジュニアたちによる「お腹空いた~何か食べるものない~?」の後に、
「ご飯は何~?」って米Bに聞かれるとイラッとします。
皆マミーに嫌がらせをしている気なんてサラサラないのに、
こっちは全てを放り出したくなるほどイラッとします。そして
「マミーは、自動販売機じゃない~‼勘違いするな~~~‼」
と吠えてしまうのです。(苦笑)

もうちょっと穏便に日々を過ごせますように。

# by soiallie | 2020-04-21 17:12 | 日常生活

学校ボランティア

この9月から2号の学校生活が始まり、やっとボランティアとして学校に関われる時間ができました。

兄弟でも5歳以下は学校に入れない規則があるので、
自宅保育をしていた私は1号の教室にボランティアとして入りたくても今までは叶わず…。

そしてやっとやっと念願のボランティアを開始‼

1号の教室でリーディングバディーといって、生徒とマンツーマンで音読をヘルプするというもの。
とは言いつつも、場合によっては生徒のタイピングを手伝ったり、ライティングの校正をしたり…。

1号のリーディングバディーになることは今まで一度もありませんが(多分これからもないかなぁと)、
今まで見ることができずにいた教室の様子や、クラスメイト、授業の進め方など、
ちょびっとではあるけれど、垣間見ることができ、嬉しい時間でもあります。

私が受けてきた日本の小学校教育とはぜんぜん違い、今更ながら新たなカルチャーショックも。
1号の自宅での日本語教育の姿勢に、私が受けてきた日本の教育態度を丸々持ち込んではいけないなと反省も。

英語と日本語、1号も頑張っているなぁと改めて思いました。

仕事が見つかるまではこのまま1号のクラスでボランティアをしていこうかなと思います。


# by soiallie | 2019-11-20 15:12 | ジュニア

ESOL

ESOL:English for Speaking of Other Languages

2号が幼稚園生活が始まりました。
私たちがいるカウンティーでは、自宅で英語以外の言語を話している子供は、ESOLに入れるかどうかの試験を自動的に受けさせられます。

1号はこの試験で、ESOLに入れる資格有りと判断され(手紙が来ます)、米Bと私は話し合った結果
「ESOLに入れます」
と学校に伝えました。

米Bは
「はぁ~?!うちの子は日本語も話すけど、英語もとても上手だよ。カウンティーは一体何をテストしているんだか…」
と不満だったけど、自宅でずっと日本語を話していたこともありこの結論を出しました。
そして、「マミー以外とは英語だし、1年でESOLはで出られるでしょ」とすごく楽観的に捉えてました。

が…1号がESOLを出るのに3年もかかりました…。
幼稚園の時は、一番上のレベルでのESOLで、週に何度か先生が教室に来て、1号の横についてサポートをするというもの。
ところが1年生からは、毎日クラスを抜けて別室でESOLクラスを受けることに。
そして2年生も中盤になった頃、1号がこう言いました。

「マミー、ESOLのクラスが簡単すぎて行きたくない」

ここで先生やESOL先生と面談をするなどやっと動いた私たち…。
ESOLは通常のクラスについていくための補完的なものだと考えていた米Bと私。

でも、ESOLの先生と話をしてみるとそうではないということが判明。
加えて、通常クラスでは成績は数値化されないけれど、ESOLではすべてが数値化され、
その数値が設定されたゴールに達しないと、ESOL内ではレベルも上がらず、当然出ることもできず。
*親から「出たい」旨を伝えれば、手続きは踏んでくれます。
1号は、テストで点数を取る訓練など受けていないし、集中力散漫なので好成績が出るわけもなく…。
英語も問題ないのに(成績レポートは良い)、どうしてだかスコアを取れず、ESOLでは万年フツーの成績。
ESOLの先生によると…
「英語を体系的に学んでいます。英語を母国語としている子供がESOLのテストを受けても満点を出せるわけではありません。」
そう、ESOLと通常クラスはリンクしているわけではないのです。
そして1号はライティングに少々問題有りということも判明。

こう聞かされると、何だか特別な英語クラスを受けていると思ってしまいますが、
我が家の考え方は違いました。
通常クラスを抜けてしまうことに不満を抱いていた1号にとって、ESOLはストレスになっていたので、
どうにかESOLを出させてあげたいと思ったのです。何せ、通常クラスには問題なくついていけていますし、
成績レポートは決して悪いものではありません。

ところがだ…1号にこの話をすると、変なところで頑張り屋さんの彼は…
「テストでスコア取って自分で出るから、ESOLには行くよ」
と訴えてきたのです。
お、お、おぅ、そうかい。
1号がそう希望するならそうしなさい。

と、2年生が終わるまで様子を見ることに。
3年生に上がる時点でまだESOLが出られなければ、出る手続きを踏もうと決めました。

でも、2年生終了時に学校より「ESOL終了です」という公式手紙をもらいました。
1号よ、自力で出られたね‼

この経験を経て、米Bとこう決めました。
「2号の時はESOLに入る資格有りでも、「入れません!」と意思表示しよう‼」と。

そして2号も、入園後にESOL試験を受けました。
受け取った通知には…
「ESOLに入る資格はありません」

2号の方が言葉は遅く、言語のセンスは1号の足元にも及ばないなぁと思っていたのに、
予想外の通知で驚き。

家の中で見る子供の言語能力と、外から測られる言語能力というのは差があるものですね。

1号にはさせなくていい経験をさせてしまったような気がしなくもないけど、
我が家は3年かかってESOL卒業したというお話でした。



# by soiallie | 2019-09-20 17:45 | ジュニア

自宅保育終了ッ!!

この9月より2号の幼稚園が始まりました。

登園初日、お気に入りのリュックを背負って、ニッコニコの笑顔でバスに乗り込んでいきました。
私の自宅保育もやっと終了。

2013年に仕事を辞めて、「5歳の幼稚園開始まで自宅保育する」と米Bと決めてから6年。
いやぁ~、想像していた以上にキツかった。

これまでの人生で全く見えなかった私自身の様々な面も発見。
「いや~、こんなに短気だったっけ?」
「いや~、こんなに子供嫌いだったっけ?」
「いや~、こんなに料理好きだったっけ?」
「いや~、私って母親失格かも?!」
「いや~、私って偽善者だったんだわ!」

毎日毎日子供と過ごせばイライラもした。
イライラが怒りへと振り切る時間がどんどん短くもなった。(笑)

あんなに子供が大好きだったのに、自分の子供は全然可愛く思えない時期もあった。
子供好きだった自分は、あれは偽善者だったと何度も思わされた。(笑)

子供と時間を過ごすのがイヤになって、なりふり構わずキッチンに入って、
あれもこれもと没頭して作った。昔の私はお料理とか好きじゃなかったのに。


苦しいことの方が多かったけど、
日本語基礎と基礎体力だけはきちんと身につけさせました。
私のエゴと言われればそれまでだけど、
自宅保育をする時に、この2つは保育の柱にしたので、
任務完了です。

そしてこの6年、本当によく歩きました。
片道20分の公園へ、毎日2回通ったなぁ。
1号2号ともに脚力はすごいかと…。🏃
2人との公園での日々は、私にとって一番の思い出。

とりあえずしばし休憩をし、
仕事探し開始です。

おかん、よく頑張りました。⭐


# by soiallie | 2019-09-19 16:54 | ジュニア

在DC10周年

2009年2月7日

10年前の今日、米Bと人生を共にするために、DCにやってきた。
空が抜けるように青かった。

母:「あなたは法律上ではもううちの娘じゃないからね。そんな簡単に日本に来るんじゃないよ。」
父:「米B家族にご奉仕するんだよ」

厳しくも温かい言葉をくれた両親。
感謝。

孤独や寂しさを感じることはなかったけど、
不安がずっとずっとあったこの10年。
よく頑張ったと思う。

この10年の不安を、
11年目からは自信に変えることができる気がする。

11年目の今年は自分のために時間を作る努力をしよう。

在DC10周年_b0166491_09451944.jpeg
米Bと初めて共有できたものが、遠藤周作の「深い河」。米Bと価値観が同じだと認識できた1冊。10数年ぶりに読み返しました。

# by soiallie | 2019-02-07 19:34 | 日常生活

バンコクで15年も排気ガスまみれの生活をしたけど、未だ超健康優良人。タイと日本の大学→民間企業→米国大学院→NPO勤務→現在は旦那の米BとジュニアとワシントンDCで生活中。☆DCでの仕事+育児奮闘記ブログ☆


by soiallie
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