ちょうど1年前に…

ちょうど1年前のこの日、2009年2月7日(土)にフィアンセビザ片手にダレス国際空港に到着し、DC生活が始まりました。

空港では、運の悪いことに出口で検査室に連れて行かれまして…ここで2時間強費やしました。米Bとの感動の再会を思い描きながら飛行機を降りたのに、あの2時間の間にイライラは募り、スタッフの働きぶりに腸が煮えくりかえりそうになり、米Bと再会した時はもうグッタリだったのです。

同じ機内に乗っていた他の乗客がどんどんと出口から出てくるのに、うちのフィアンセだけが出てこない…。
途中係りの人に、米Bに検査室で捕まっていることを伝えてもらったので、彼は事情は分かっていましたが、さすがに予定時間を2時間以上越えての再会に彼も疲れた様子でした。

1年前のDC、今年のそれとは違い、まるで春の陽気でした。

2人で新しい生活を始めるこのアパートに到着後、荷物を置き
「あ~米国にまた来たのね…」
と思ったものでした。

正直なことを書くと、私は米国で勉強するのは好きでしたが、この社会で生活をしていくことが嫌で、2006年12月に米国を去りました。当時ボーイフレンドだった米Bはすでに大切な存在でしたが、彼だけのためにこの地を選ぶようなことはしませんでした。また、彼も私の考えを十分すぎるほど理解していたので、「残ってほしい」とお願いをすることもしてきませんでした。

で、2人の関係はどうする?

2006年12月、2007年1月、2人でタイを旅した後、将来の約束をするでも、関係を断つこともせず、時に任せることを自然な流れで選びました。

生活や仕事の面においては、それぞれにアップダウンがありましたが、2人の関係だけには激しいアップダウンもなく、2年の遠距離の後一緒になることになりました。
*私は付き合いだしてからすぐに「あ~この人と一生を共にするな」って思ってました。

で、2人の拠点はどこに置くの?

時間をかけて随分と話し合いました。東京?米国?バンコク?正直言ってバンコクはリスクが高すぎました。
東京で生活することは十分に可能でした。また30、40年先の2人のことを考えた時、東京で生活することはとても意味のあることでした。
でも2人の、特に彼のキャリアを考えた時、東京だとその後のキャリアに少なからず支障が出てくることがあり得ました。この点を十分に話し合った結果、米国…しかもDCとなったです。
*米国ならポートランド!!という条件を私は出していたのだけど、全く意味を成しませんでした…涙。

あれから1年、想像していたように苦戦しました(しています)。

「嫌」と思って去った国にまた戻ってきたのだけど、これにもきっと意味があるのでしょうね。毎日毎日あっちこっちに頭をぶつけ、またぶつけられながら生活しています。

「好き」になろうと無理な努力はしません…余計疲れるから。

でも、少しずつゆっくりと上手に染まっていけたらいいなって思います。

DC、これからもよろしくね♪
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by soiallie | 2010-02-07 10:55 | ♪ 日常生活のコト ♪ | Trackback | Comments(0)

バンコクで15年も排気ガスまみれの生活をしたけど、未だ超健康優良人。タイと日本の大学→民間企業→米国大学院→NPO勤務→現在は旦那の米BとジュニアとワシントンDCで生活中。☆DCでの仕事+育児奮闘記ブログ☆


by soiallie
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